自分の離婚。

自分の離婚。これからのために必死に動いた9日間。

投稿日:2017年11月2日 更新日:

やましー
おはようございます。こんにちは。こんばんは。 やましーです。

自分の離婚。これからのために必死に動いた9日間編です

 

 

前回の記事
自分の離婚。人生最悪な1ヶ月の始まり 〜後編〜

やましー おはようございます。こんにちは 。こんばんわ。やましーです。   自分の離婚。人生最悪な1ヶ月の始まり〜後編〜です。 の続きです。 目次1 10/25  安堵2 
10/27  変 ...

 

 

続きです。

 

 

結果的に元嫁の行動が変わってから離婚届けが受理されるまでの期間は

 

 

 

たった1ヶ月の出来事でした。

 

 

そして家を出てから離婚届けを出すまではたったの9日間でした。

 

 

この9日間で色々決めなければならない事だらけで当時は日付の感覚がよくわからない状態でした。

 

ここからは離婚届けを出すまでの9日間自分がとった行動を綴っていきたいと思います。

 

 

元嫁が家を出たその後。

11/5に元嫁は家を出た。

 

 

もちろんその事で仕事は休めない

当時生後11ヶ月娘を職場につれて仕事する事なんて出来ない。

 

 

娘の面倒を長期間見てくれるのは自分の母親しかいないと思い

秋田の実家の母に連絡をした。

 

母は仕事が忙しい時期だが緊急事態なのでこちらに来てくれると言ってくれた。

 

しかし最短でも2日後でなければこちらに来れないとの事だった。

 

 

今日中にこちらになんて無理だと思ってはいたが今すぐにでも来てもらえないと仕事に行けない、何も身動きが取れない。

 

 

そして今すぐに娘が入れる保育園はない。

 

 

自分の仕事は予約制で

お客様の忙しい時間の中でとってくれた予約を

こちらの都合で変更する事は本当に申し訳ないし

今まで培ってきた信用がなくなる。

 

 

そして信頼関係で生まれる利益、収入が無くなったら生きて行けない。

 

 

これからの事を考えると、この先どう生きて行けばいいのか絶望した

 

 

だが絶望していも事態は変わらない。

 

とりあえず今日この1日明日の1日その日その日をどうやり過ごしていくかに全力を出そうと考えた

 

今は先の事を考えてる暇はないと。

 

 

 

実はこの時点では生まれ故郷の秋田に帰ろうと思っていた。

 

 

自分は秋田出身だが小学校高学年までしか住んでいなく頼れる友人、知人がいなかったし

 

職業上違う土地となると今まで培って来たお客様との関係性も一からやり直す事になる。

 

秋田に戻ったら親はいるし実家もあるが

 

やはり生活の基盤を変えるのは不安があった。

 

 

そこで自分の職場が「ここでやっていきたいのなら会社的にはサポートする」と言ってくれた。

 

この騒動が起きてから職場に貢献できない状態になった自分に対してサポートしてくれるなんて涙が出るほど嬉しかった。

 

 

その言葉に甘えて地元に帰るのはやめようと思った。

 

 

しかし今、今日という日をなんとかやり過ごさなけばならない。

 

 

自分は周りにも頼れる友人がいたが

 

急な事態でなかなか娘を預かってはもらえない。

 

 

そこで事情を知っている元嫁の母親、義母に頼る事にした。

 

 

義母は東海地方に住んでいるため距離はあるが

 

 

この日のお昼過ぎにはこちらに来てくれる事になったので

 

 

それまでの間、娘を職場に連れていく事にした。

 

 

自分が仕事している時に手が空いているスタッフに見てもらったりしながら

 

予約のお客様を終えて

 

早めに仕事を退勤させてもらい

 

 

職場の近くまで義母がきてくれていたので合流して家に帰宅した。

 

 

義母も仕事があるため長い間娘を見てもらう事はできないが自分の母親が来てくれる日まで娘をお願いした。

 

 

元嫁の事に関しては

 

義母
「子供を手放すなんて、もうあの子とは親子の縁を切るから」

 

と言っていた。

 

親子がそんなに簡単に縁なんて切れるものなのかなと少々疑問に思ったが

 

 

その時は娘に関して色々サポートしてくれたので本当に感謝していた。

 

 

その時は。

 

 

 

猶予は1ヶ月。

予定通り二日後に母親がこっちに来てくれた。

 

これでなんとか仕事も娘の事も両立できる。

 

 

だだし母親も仕事があるので長くても滞在できる時間は1ヶ月

 

 

この1ヶ月で離婚と保育園の問題を解決しなくてはならない

 

 

何がなんでも自分と娘がこれから生きていく基盤を作らなければならない。

 

 

 

正直何も分からなかったしどこから手をつけて行ったらよいのかも分からなかった。

 

 

しかしまずは生活するため仕事が第一

 

 

 

仕事をするためには娘を預かってもらう事だと思い娘を受け入れてくれる保育園探しが先だと思い動きはじめた。

 

 

保育園探し。

まずは保育園を探そう。

 

 

でも急に受け入れてくれる保育園なんてないのは知っていた。

 

 

認可園はもちろん受け入れてくれる所なんてないし

 

 

認可園の翌年度の4月入園の受付は11/18が受付締め切りだった。

 

 

しかし認可園の入園の4月までは母親はこちらに滞在は出来ない。

 

 

申請はするとしても今受け入れてくれる保育園を探さなけばならなかった。

 

 

無認可園にも生活範囲内の園は片っ端から連絡してみたが空きはなかった。

 

 

そこで自分が勤務している店長の子供が通っている保育園の緊急一時保育という制度を知った。

 

 

まずは詳しく聞くために藁をも掴む思いで娘を連れてその保育園に向かった。

 

 

自治体によって違うのかもしれないが

 

 

結果として連続で14日しか預かってもらえないとの事だった。

 

 

14日。

 

 

 

全然足りない。

 

 

 

母親が滞在してくれるのは11月いっぱい

 

 

母が帰ってからたった半月しか預けられないなんて現実的に無理だ。

 

 

それでも無いよりはと思ったので登録だけはしておいた。

 

 

 

 

 

どうしよう

 

 

 

 

どうしよう。

 

 

 

 

どうしよう。

 

 

 

 

不安ばかりが自分の頭を巡っていた。

 

 

頭の中で考えていたって時間はどんどん過ぎていく

 

 

タイムリミットは決まってる

 

 

止まってる暇なんてない。

 

 

とりあえず来年度の4月から受け入れてくれる認可の保育園の申請はしておかなければいけない。

 

認可保育園の申請にあたって

 

職場の近くの方がお迎えもすぐいけるからいいかなと思い。

 

職場があるエリアの役所で話しを聞いた。

 

 

自分が今働いている職場は住んでいる自宅から自転車で30分くらいの距離なのだが

 

 

職場と自宅で市が変わってしまう

 

認可保育園は市民が優先されるので自分がひとり親世帯になったとしても

 

 

優先順位が市民より下になってしまう

 

 

現実的に職場の付近の保育園には入るのは難しいとの事だった。

 

 

しかも自分がA市在住B市保育園を希望する場合は在住しているA市の役所に申請を出さなければいけないらしく

 

 

保育園等に無知な自分は自転車で行ったり来たり走り回っていた。

 

 

園によって延長保育が何時までとか

 

土曜日は延長なしとか

 

自分の仕事の時間にあった条件の園を探すのも一苦労だった。

 

 

何度も区役所に出向き

 

 

この時親身になって一緒に探してくれた役所の職員さんの助けもあって

 

 

なんとか仕事に支障がなるべくない園を見つける事ができて申請できた。

 

希望の光。

 

一本の電話があった

 

 

10/17に自分は手当たり次第に無認可園に電話していた。

 

 

なんとその時電話していた無認可保育園の一つからの着信だった。

 

 

園児の空きが出たので受け入れ可能なので面接に来て欲しいとの事だった。

 

 

しかもこの園は職場から徒歩五分ぐらいの距離で

 

 

24時間体制で保育をしてくれる園だった。

 

 

この時は本当に本当に嬉しかった。

 

 

 

暗闇がパーっと晴れた気分になった。

 

 

次の日早速その園に向かって話を聞くことにした。

 

 

11月中は母親がいてくれるので12月から入園可能ということだった。

 

 

しかし一つだけ問題があった。

 

 

認可園と違い無認可園の保育料は一月10万円だった。

 

10万。

 

 

生活費にプラスして認可に入るまでの4ヶ月とはいえ正直厳しい。

 

 

母親は援助してあげられるよと言ってくれたが流石にそこまで甘える訳にはいかない。

 

 

悩んでいたその時自分は何か助けになるものはないかと

 

 

携帯で離婚保育園シングルパパ等を

 

 

時間の合間を縫ってネットで検索していた。

 

 

 

 

慰謝料の存在。

いつものように自分の現在の状況を手当たり次第に携帯で検索をかけていた。

 

 

そこで慰謝料の存在を知った。

 

 

存在自体は知っていたが自分の生きてきた人生の中では関係性がない存在だった。

 

 

イメージ的には不貞をした男性が女性に払う金銭、そんなイメージだったが

 

 

もしかして今の自分の境遇は慰謝料が発生するのではないか?

 

 

そう考えて自分に当てはまるケースをインターネットでしらみつぶしに探し始めた。

 

 

元嫁が家を出た日、

 

 

他の男からの置き手紙を見つけたが不貞の事実があったかどうかはわからないので当てはまらない。

 

 

そして悪意の遺棄という言葉を見つけた。

 

 

悪意の遺棄とは

「婚姻関係にある夫婦間の義務である「同居の義務」「協力義務」「扶助の義務」に対して違反をした場合の離婚原因。」
ほぼ家を開ける事、それに伴って仕事に支障が出る事、職場に迷惑をかける事。

 

 

自分の場合は同居の義務協力義務に当たると思った。

 

ただこのケースでどの程度の金額が妥当なのか知識のない自分にはわからなかった。

 

 

弁護士をつけて動くには時間も厳しい。

 

 

そこで無料で電話相談出来る弁護士事務所に手当たり次第に電話をかけた。

 

 

 

もちろんこちらの言い分しか弁護士は聞くことが出来ないので本当に妥当かは判断は出来ないと思うがプロの立場から見た妥当な金額が知りたかった。

 

 

何件も電話をして対応してくた弁護士の方が

 

このケースは悪意の遺棄に当てはまると

 

慰謝料の金額も過去の事例からするとこのぐらいというプロからの目線の意見をもらえた。

 

 

離婚届けに向けて。

保育料金のため慰謝料の存在を知り、

 

相場も知った。

 

しかし請求する額を元嫁が一括で払えるとは思えない。

 

 

分割にしなければならないだろうと思っていた所

 

 

公正証書という存在も知った。

 

 

もし分割にするのならば必ず作成しなければならない書類だった

詳しくはこちら
もし離婚が現実味をおびてきたら知らなくちゃいけない公正証書。

やましー おはようございます。こんにちは。こんばんは。 やましーです。   もし離婚が現実味をおびてきたら知らなくちゃいけない公正証書です。   公正証書ってご存知の方も多いと思い ...

 

 

やっと離婚をするという事の道筋が見えてきた

 

 

 

まずは自分で離婚協議書を作成。

 

 

その条件に合意してもらい公正証書を当人同士で作成しに行く。

 

 

そして離婚届けを提出。

 

 

まずは離婚協議書の作成から取りかかった。

 

 

この協議書に関しても自分は無知だったのでネットで検索をかけた所

 

 

素人でも簡単に当てはまるだけで作成出来るテンプレートを見つけ、

自分の条件を当てはめて作成した。

 

 

 

 

元嫁に協議書をメッセージで送りこの内容で合意出来るかを問いた。

 

返事は意外にも同意すると返ってきた。

 

 

離婚届けを出すにあったって面会交流の取り決めはしておかなければいけない。

 

どうするか聞いた

 

答えは

 

 

「面会はしなくていいです」だった。

 

 

 

お腹を痛めて産んだ子供に会いたくないんだこの人は、と思った。

 

 

 

 

一緒に暮らしていた時元嫁は娘に対してとても愛情を持って接していたと思う。

 

 

 

あれは絶対嘘でも演技して出来るものではないと思っている。

 

子供を産んでたった11ヶ月。いや、長い11ヶ月だったのかもしれないけど

 

 

その間になぜそんなふうに考え方が変わってしまったんだろう。

 

 

自分が悪いのか?

 

悪いとしても正直何が悪いのかもわからなかった。

 

 

自分が悪い所を直して解決するならいくらだってなんだって出来ると思った。

 

 

自分と元嫁と娘の三人で仲良く

 

たまに喧嘩したって

 

三人で笑って生きていけるのなら

 

それ以上の幸せなんてないと思ってるから。

 

 

でも元嫁はもうここにはいない。

 

 

自分はその時側にいた娘をギュッと抱きしめて

 

 

 

「パパがいるからね、

ママがいなくても寂しくならないくらい、

これからずっとパパが一緒にいるから」

 

 

 

 

その時は娘を長い時間ギュッと抱きしめていた。

 

 

 

 

 

離婚。

元嫁から協議書に同意を得た自分は

 

 

公証役場にて公証人に内容をみてもらって、

細かい点を直してもらい、

後日自分と元嫁の二人で同席して作成する事になった。

 

 

準備が整った

 

その日の朝

 

指定した公証役場前に待ち合わせをした。

 

こっちはここまでくるのに色々考え、

必死にこれからの事を考えて行動していた。

 

元嫁は何を考えていたのか、

今何を考えているのか、

この時は世間話しみたいな話を話しかけてきた。

 

その時何を話したかはもう覚えていない。

 

 

そして予定通りスムーズに公正証書を作成できた。

 

 

公正証書を作成し元嫁と別れる前にこの時はこれで最後だと思い

 

言った。

 

 

やましー
自分は元嫁と娘の3人で生きて行く事が今でも幸せだと思ってる。

これから先(元嫁が)今までしてきた行動が間違っててやり直したいって思ったら

その時はこの件で迷惑をかけた人達に謝って許しが得られたら自分はやり直したいと思う。

今でも好きな気持ちは変わらないから

 

 

 

それに対して元嫁はこう言った。

 

 

 

元嫁
本当バカなんだね

 

 

 

今更何を言われてももう動じる事はなかったが

 

 

最後がこれか...

 

 

怒りもあるし悲しさもあった。

 

 

娘の事も何も触れてこなかったし、

母親としてこの人は相応しい人間ではないのだな、

と自分の中で納得した。

 

 

 

公正証書は離婚届けを受理されてから効力を発揮するのでその足で自分が離婚届けを提出をしに役所に向かった。

 

 

離婚届けを出すのももちろん初めてだった。

 

 

自分も元嫁も親は離婚していたので親の名前を書く欄に両方母親の名前を書いたのだが

 

 

相手の父親の名前も書いて下さいと言われた。

 

 

自分の方は父親の名前はわかるが相手の父親の名前まではわからない。

 

 

役所の方で調べるから少しお時間くださいと言われ待ってる間に思った。

 

元嫁の事は娘が大きくなった時亡くなった事にしようかと考えていた、

 

でもこうやって戸籍は残るんだなぁと、離婚しても親子の縁はなくならないのかぁって

 

 

今から優しい嘘を考えなきゃなと

 

 

 

娘を悲しませないために。

 

 

 

 

 

 

以上が自分の離婚でした。

 

 

自分のケースは本当珍しいのかなと思います。

 

 

多くの人は調停などすごく長い時間をかけて大変な思いをしていると思います。

 

 

それに比べたらたったの1ヶ月でかたがつく事というのはとても楽なケースですよね。

 

この1ヶ月は知らない事、体験した事、だらけで毎日肉体的にも精神的にも参っていましたが

 

 

娘とのこれからのために出来る限り行動しました

 

 

そして色んな人が助けてくれました

 

 

一人で頑張っていたって必ず誰かの助けが必要になります

 

娘も自分も周りの人達に命を繋いでもらっているんだと思いました。

 

日々自分達に関わってくれる人達に感謝しています

 

 

この1ヶ月があったからこそ感謝に気づき、娘の大事さを再確認し、これからのための精神力も強くなったと思います。

 

しかしまだ娘と穏やかな生活が始まるのはもう少し先になります。

 

続きはこちら
自分の離婚。平穏な暮らしに戻るまで 〜前編〜

やましー おはようございます。こんにちは。こんばんは。 やましーです。 自分の離婚。平穏な暮らしに戻るまで〜前編〜です   の続きです     目次1 つかの間の休憩。2 ...

 

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娘が生後11ヶ月の頃ひとり親になった美容師です。 シングルの気持ち、体験、育児、日々の生活や 本職の美容師の経験からヘアに関する役に立ちそうな情報など 色々発信して記事にしていきたいと思っています。

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